日本基督(キリスト)教団 鴨島兄弟教会

鴨島兄弟教会は徳島県吉野川市鴨島町にある、日本基督(キリスト)教団に属するプロテスタントの教会です。日本基督教団は、1941年に日本国内のプロテスタント諸教派の合同教会として成立しました。全国に1600余りの教会があります。

鴨島兄弟教会の誕生は1946年です。2016年に現在の場所に移転し、2020年現在創立73年を迎えました。1951年に建てられた前会堂は、二階を礼拝堂、一階を幼稚園(現・認定こども園めぐみ幼稚園めぐみ保育園)として建てられました。

その後園児が増え、幼稚園が1961年に園舎を建ててお隣同士になってから今も変わらず、牧師が子どもたちに聖書のお話をしたり、誕生日には祝福式をしたりと関わっています。

牧師紹介

現在の牧師

大田牧師
大田牧師

こんにちは。大田健悟と申します。

1976年に高知で生まれました。父の転勤で愛媛の南予や松山に住み、2000年に関西学院大学神学部を卒業し、その後、東京都・渋谷教会伝道師、鹿児島県・志布志教会牧師を経て、2007年より徳島県・鴨島兄弟教会に赴任しました。以来14年目になりました。南北を山に挟まれて大きな吉野川の流れる吉野川市が人生のうちで最も長く住んだ場所になりました。

家族は妻と子ども2人、そして猫2匹(現在Twitterに一番多く登場中)です。お菓子作りが好きで、教会のイベントやリクエストに応じて(?)ケーキを作ったりしています。またプレイズソングを歌うのが好きで、誕生日にプレゼントにもらったベースギターを下手ながら弾きつつ賛美して楽しんでいます。

牧師の証

自己紹介として、私が本当にイエス様を信じるようになった経緯を書かせていただきます。

私は牧師の家庭に生まれ育ちました。生まれた時から教会に行っていた私は10歳の時に洗礼を受けました。育った環境のせいか、子どもの頃から漠然と「将来は牧師さんになりたい」と思い、関西学院大学の神学部に入学しました。しかし、親元を離れて生活し始める中で、神様を見失い、教会への信頼もなくなり、イエス様のたとえ話に出てくる放蕩息子<ルカ15章>のようになり、大学もサボってばかりの適当な生活をしていました。

そんな中、ある日大学内の本屋で「たまにはキリスト教関係の本でも見てみるか」と、たまたま手に取って開いた本の1ページ目に『見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。』<ヨハネ黙示録3:20>という聖書の言葉が書かれていました。「ふーん」という程度でしたが、その日の夜には「たまには教会の聖書研究祈祷会にでも行こうか」と思い、聖書研究会にでるため久しぶりに教会に行ったのです。するとまた偶然にもその日の聖書研究の箇所も、その日の午後、大学の本屋で開いた本と同じ箇所<ヨハネ黙示録3章>だったのです。

<ヨハネ黙示録3章>はイエス様がラオディキアにある教会へと語りかけておられる箇所です。そこには『わたしはあなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そうとしている。』<ヨハネ黙示録3:15-16>とありました。その日私は、イエス様はラオディキアの教会に語りかけられているのではなく、この私に語りかけておられるのだ、と気付かされました。私は、自分の適当な生活が「熱くもなく冷たくもないもの」だということ、そして私は神様から捨てられても仕方ない存在なのだと思いました。

しかし、続いて主が語られているのは『見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。』<ヨハネ黙示録3:20>だったのです。本当なら見捨てられても仕方ない私を、それでもかけがえのない存在として愛し、愛し抜いて、私を救いたいと主が呼びかけてくださっていることを理解しました。

神様が事を示されるときには「偶然」はないのです。私は聖書研究祈祷会の後、家に帰ってすぐに泣きながら神様にごめんなさいの祈り、悔い改めと感謝の祈りをし、イエス様に従って生きていくことを決意しました。

イエス様の愛は私だけでなく今HPを見てくださったあなたにも注がれています。その証拠が十字架です。イエス様は、あなたや私が滅びなくても良いように、身代わりとして十字架にかかってくださったのです。

このHPをご覧のお一人お一人がイエス様の愛を知っていただきたいと願っています。

鴨島兄弟教会の歴史

教会の始まり

香川豊彦氏(1888〜1960)

1946年9月、徳島県出身の賀川豊彦氏(1888~1960)が戦後初めての郷里伝道で徳島に来る船の中で、後に初代牧師となる伊藤栄一牧師と出会い、二人で阿波伝道の途中に鴨島を訪れました。次の町へ向かう直前に、当時鴨島にいた唯一のクリスチャンが「先生、この町にもだれかよい先生がいらっしゃって伝道下さるといいですね」と賀川氏に話しました。すると賀川氏がそこにいた伊藤牧師を見て「伊藤君、君やりたまえ。やらんか?」と言い、伊藤牧師もただちに「ええ、参りましょう」と即答したことで、鴨島での伝道が始まりました。

1946年11月16日、鴨島で開拓伝道最初の集会が8名(クリスチャンは牧師を含め2名)で行われました。この日が鴨島兄弟教会の創立記念日となっています。

旧会堂 献堂式 1951年9月24日

1951年9月に二階を礼拝堂、一階を幼稚園(現・認定こども園めぐみ幼稚園めぐみ保育園)として会堂が建てられました。それまでは信徒の家や幼稚園や工場の一室を借りての礼拝でした。

鴨島兄弟教会 旧会堂
旧会堂 

旧会堂が建てられた時には、一階を幼稚園として用いていましたが、その後園児が増え、1961年に幼稚園が園舎を建ててお隣同士になりました。それから55年経った時に教会が、650m離れた新しい土地に移転しましたが、今も変わらず、牧師が子どもたちに聖書のお話をしたり、イベントや誕生日には祝福式をしたりと関わっています。教会員には、幼稚園の関係者や卒園児、保護者が少なくありません。

2016年に現在の場所に新会堂を建て移転してきました。全館バリアフリーで床はフラットです。トイレも車いす対応しています。また中庭はクローバー畑になっていて、天候がよいときは(雨が降っても、とも言えますが・・)子供たちが元気に遊ぶスペースになっています。

教会全景(ドローン撮影)